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神戸地方裁判所 昭和44年(行ウ)20号 判決

原告 石野延昭 ほか七七名

被告 明石郵便局長

代理人 稲垣喬 細川俊彦 西村省三 山野義勝 ほか六名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求の原因1項ないし3項の事実及び昭和四三年四月二三日、全逓中央本部が、賃金引上げなどを目的とする公労協統一ストライキの一環として、指令第三五号をもつて「別途指定する支部分会においては、四月二五日、半日ストライキに突入する態勢を確立すること」を指令した事実、更に同月二四日、全逓中央本部が指令第三六号をもつて「四月二五日、別途指定する支部分会においては出勤時よりそれぞれ半日ストライキに突入する」旨の指令を発出した事実並びに原告ら外一名が半日ストライキに参加し、別表記載のとおり、原告らが欠務した事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各処分理由にいう本件ストライキの経緯並びに態様等について考察する。

<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  全逓中央本部は、昭和四三年度春闘に向けて、昭和四三年二月三日、金一万一、〇〇〇円の賃金引上げ要求書を郵政省側へ提出し、両者間で八回程度の中央交渉がなされた他、同年三月一九日には、全逓から公共企業体等労働委員会に調停申請がなされ、調停係属中であつたところ、翌四月一二日、全逓は、賃金引上げの要求貫徹のため、同月二五日、二七日の両日、全国主要郵便局における半日ストライキ実施を宣言した。

2  これに対し、明石郵便局長佐竹太一は、同月二二日及び二四日、「警告書」と題する書面(<証拠略>)を以て右ストライキの中止と右違反者に対しては処分をなす旨を申し入れこれを局内に掲示する一方、所属課長を通じて各職員に対しその旨警告してストライキに備えていたが、全逓中央本部は、同月二三日、本件ストライキの準備指令を、翌二四日、同近畿地方本部を通じ同兵庫地区本部執行委員藤原某から同東幡支部長長谷川泉に伝達して兵庫地区においては明石郵便局を拠点局のひとつとする、同月二五日の半日ストライキ(出勤時間より四時間とし、正午を以て打切る)突入指令をそれぞれ発出し(右準備指令、突入指令の発出については当事者間に争いがない)、これにより、明石郵便局において、同月二五日、正午まで最大限四時間の半日ストライキが実施されることとなつた。

3  当時、明石郵便局は、職員一三九名、うち本件ストライキ当日勤務予定者一三六名(うち管理者一四名)であつて、同局の全逓組合員一〇五名のうち、当日、原告ら外一名(合計七九名)の者は前記警告にもかかわらず、四月二五日、半日ストライキに突入した。

4  当日、午前五時半頃、全逓側は明石郵便局前にバス二台を用意し、これにより、順次、出勤してくる本件ストライキ参加予定者を同市内明石公園に集結させることとし、またその頃、局前通用門附近には、全逓兵庫県地区本部委員長訴外草野慶尚外五、六〇名の者が集結し始め、その後ストライキ支援の友好団体や局外郵政職員等が加わつてピケ隊となつた。午前六時一七分頃、明石郵便局長は、庶務会計課長を通じて、前記草野に対し、本件ストライキ中止の警告書を手交し、午前七時、始業時刻となつた頃、右庶務会計課長は、再三再四、局前附近に集合した当日勤務予定職員に対し、プラカードやマイクで就労を命じたが、原告石野延明を除く他の原告らは右就労命令に従うことなく、前記バス二台に分乗して明石公園に向けて出発し、原告石野はピケ隊に加わり、本件ストライキに参加した職員と参加しない職員を選別していた。

当局としては予めピケ隊との混乱を回避するため、就労希望者を附近の岩屋神社に誘導し、その後、午前九時半以降同一〇時頃まで前後四回にわたり、庶務会計課長は、「就労者の入局を妨害しないで下さい」などと記載されたプラカードを立て、自ら就労希望者の先頭として、その旨呼び掛けながら就労希望者らの入局を試みたが、いずれもピケ隊により押し戻されて阻止され、結局、事実上就労できなかつた。また、当時は局内からもピケを解散し就労者を直ちに入局させるようにと連呼していた。

5  結局、全逓側の当初の予定どおり半日ストライキが実施されたが、これによる郵政事業阻害状況は、被告の主張4項(三)(1)ないし(4)のとおりであつて(但し、本件当時の一日における普通通常郵便物の配達処理能力は約二万五、六千通である他、玉津郵便局からの資金請求についての約二〇分間の遅延は内務事務においてであつて、右請求にかかる資金送付が速達扱いの制度になつている関係上、午前中の速達便を欠いたことによる遅延もあつて、結局数時間程度遅延したものと推測される。なお保険業務について、応援管理者、大久保郵便局保険課長西山嘉市とあるは嘉勝であり、保険外務事務の集金率低下分は計算上、約一七・六パーセントである。)、右スト後、三、四日間、一般から同郵便局に対し、スト時の混乱による入局不能、郵便物の遅配についての苦情の電話が入つた。

6  なお、郵便集配業務について、当時、明石郵便局管内においては、奥地の方で急速に宅地造成が進められ、同局内において定員不足に陥つていた特殊事情がある他、時間外協約(いわゆる三六協定)の締結がなく、春闘時で職員も超過勤務を拒否していた事情もあつて、本件ストライキ前に約二千通程度の郵便物が滞留していた。

以上認定に反する証拠はない。

三  被告は原告らの本件ストライキ参加は公労法一七条一項の争議行為禁止の規定に違反するとともに、国公法九八条一項、同法九九条および同法第一〇一条一項の各規定に違反し、同法八二条各号に該当すると主張するに対し、原告らは本件各処分の論拠となる公労法一七条一項は憲法二八条の労働基本権の規定と調和するように解釈されねばならず、そのためには公労法一七条一項で禁止されている争議行為は違法性の強いものでなければならないところ、本件ストライキは公労法一七条一項で禁止されている争議行為に当らないと主張する。

一般に国家、地方公務員等の官公労働者については、それぞれ争議行為が禁止されている(国公法九八条二項、地公法三七条一項、公労法一七条および地公労法一一条)ところ、右規定の合憲性を廻つて従来から種々の見解がなされ、判例においても全面違憲、限定合憲および全面合憲の立場に立つ判断が示されてきたことは周知のところであり、これらの見解、判断に対しては、それぞれ、詳細な批判もなされている。ところで当裁判所は公労法一七条一項の規定は全面的に合憲であるとの立場に立つものである。その理由は、既に前記のとおり全面合憲の立場に立つ判断において詳細に示されているところであるが、要は公共企業体等職員も憲法二八条の労働基本権の保障を受けるものではあるけれども、同条の保障する労働基本権とて何等の制約をも許されない絶対的なものではなく、おのずから国民全体の共同利益保障の見地からする制約を内在的制約として当然に内包しているものと解され、公共企業体職員は私企業の労働者と異り、本件においていうなれば、原告らの所属する郵政事業、とりわけ、郵便業務が争議行為によつて停廃することは国民全体の共同利益に重要な影響を及ぼすおそれが大きく、高度の公共性を有するものであること、使用者である当局側にロツク・アウト等の対抗手段がなく、また、市場の抑制力が働かないために、公共企業体等の職員の争議行為は一方的に、強力な圧力となること、右職員の給与その他の勤務条件が国会の議決によつて定められるもので、争議行為の圧力によつて右議決を強制すべきものでないこと等の見地から公共企業体等職員の労働基本権のうち争議権に対し十分な代償措置を講ずることを条件として、これを一律に禁止することは必要やむを得ない措置ということができる(昭和五二年五月四日最高裁判決参照)。なお、公労法一七条一項の争議行為を違法性の強弱によつて区別し、限定的に解釈する限定合憲説は法文解釈の限界を超えると解されるので右見解を採用しない。

四  つぎに原告らは公労法一七条一項は国民全体の利益という企業外の要請にもとづく公益的なものであつて、同法違反に対しては同法一八条による解雇が認められるだけで、同法においては他に懲戒処分を定めていないから、公労法一七条一項違反に対し懲戒処分をすることは許されないと主張する。

なるほど公労法においては同法一七条一項違反の効果は同法一八条の解雇が規定されているにとどまる。そうして、公労法一七条一項は国民生活の利益保護を目的としたもので、一方、国公法上の懲戒処分制度は、事業運営維持の規律保持を目的としたものではあるが、公共企業体等がその目的を達成するためには業務の適正かつ円滑な運営が必要不可決であつて、これが国民生活の利益保護と直結していることからすれば、右公労法の規定はかかる企業体運営上の利益保護をも目的としているものと解される。また、争議行為は集団的行為ではあるが、一面において個人的行為としての面をも有し、違法な争議行為に参加した場合においては企業体運営上の服務規律に違反したものとして懲戒責任を免れないところである。原告らは公労法一七条一項の規定に違反した場合において同法一八条に解雇の規定があるだけで他に何等の規定がない以上、公労法が国公法の特別法としての法形式を有する限り、懲戒処分を課することを否定する趣旨であると主張する。しかしながら公企業公務員を含め国家公務員の任用の法律関係は公法上の法律関係であつて、その間の勤務関係の基本的条件は国公法によつて定められ、一般私企業の場合と異り、国家公務員一般について、その勤務関係の特質から法令遵守義務(国公法九八条一項)、職務専念義務(同法一〇一条一項)等職務上の義務の外信用失墜行為の禁止(同法九九条)等職場の内外を問わず一定の義務が課せられ、右規定に違反した場合には懲戒処分に処せられ(同法八二条)るところ、公労法においては国公法の右懲戒処分の規定の適用を除外していない(公労法四〇条)。このように見てくると原告ら現業の国家公務員が右公労法の規定に違反する争議行為をなせば、その効果として事業運営上の規律保持を目的とする国公法九八条一項、九九条、一〇一条一項の各規定に違反することとなり、同法八二条所定の懲戒責任を免れない(昭和五三年七月一八日、最高裁判決参照)。また、原告らは被告が懲戒処分を課する場合就業規則を適用していないと主張するが、原告らに対する懲戒処分において就業規則に格別の定めがなくても、国公法によつてなし得ることは当然のことである。もともと、就業規則とて国公法や人事院規則の規定に違反して懲戒に関する定めをなし得ないところであり、仮に、何等かの定めをなすにしても国公法や人事院規則の規定をそのまま引き写すか、あるいは、それらの規定の解釈上、当然のことを注意的に書き現わすかのいずれかにならざるを得ない。<証拠略>によれば、郵政省就業規則(昭和三六年二月二〇日公達第一六号)一一四条によると職員は一公務員法、人事院規則、公労法一七条の規定又は規則に違反した場合、二職務上の義務に違反し、又は、職務を怠つた場合、三国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合の一に該当する場合には郵政省職員懲戒処分規定(昭和二六年三月公達第三三号)の定めるところにより懲戒されることがあるものとする旨、同一一五条には右懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の四種類のある旨規定されていることが認められ本件各処分が就業規則によつてなされるべきであるとしても結果において何等消長を来たすものではない。

五  原告らは本件各処分が全逓に対する大量報復処分としてなされたもので、これによつて原告らの受ける不利益は過酷であるから懲戒権を濫用したものであるうえ、不当労働行為でもある旨主張する。

一般に、被告が国公法八二条所定の懲戒処分のいずれを選択するかは、被告の裁量に任されるが、右裁量は、被処分者の行為の原因、動機、性質、態様、程度、結果、影響等その他の情状を考慮した合理的で公正妥当なものでなければならない(国公法七四条一項参照)。

ところで本件ストライキの経緯ならびに態様については前記のとおりであつて、本件ストライキの目的が賃上げ等の経済的要求にあり、ストライキに参加した原告らの行為それ自体は単純な労務不提供とはいえるが、本件ストライキが当局の再三の警告を無視して、公共性の強い郵便局の職場全体で最低二時間四九分から最高三時間五三分にわたつて行われ、時間的にも決して短時間であるとはいえないのみならず、原告石野は明石公園の集会に参加せず、ピケ隊に加わり、スト破りか否かの選別をなしていた事実に徴し、原告らの本件ストライキは、局前のピケ隊(その大半は部外者である)を容認し、これといわば合わせ一体としてなされたものであつて、ピケの態様も含めて全体的に観察すれば本件ストライキは単純な労務不提供とはいえないうえ、前記二、6認定のとおり、特に郵便集配業務において、明石郵便局の特殊事情が郵便物滞留の要因となつているとしても、なお本件ストライキにより、直接的に明石郵便局の郵政業務は相当程度の停廃がもたらされたものであるとみることができる。

右のような本件ストライキの態様と、原告らの各欠務状況に応じて課せられた減給一か月ないし戒告処分が、懲戒処分の中では比較的軽い処分であることを考慮すれば、原告らの数が少くないとはいえ、本件各処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、懲戒権者に委された裁量権の範囲を超えたものであるというに当らない。

また、原告ら主張のとおり本件各処分がそのまま昇給延伸等の賃金上の不利益に結び付くことは当事者間に争いがないが、かかる不利益は労使間の合意である協約等の効果であるから、このことから直ちに本件各処分自体が懲戒権を濫用したものとはいえない。更に、本件各処分が前記のとおり国公法上の懲戒規定を正当に適用したものであるから、ことさら組合員に対して差別的に取扱つて過酷な処分をなしたものというに当らない。他に本件各処分をもつて懲戒権の濫用であるとし、あるいは、不当労働行為であるとみられるような事情を認めるに足る証拠はない。

六  以上の次第で、本件各処分に取消すべき瑕疵がないからその取消を求める原告らの請求はすべて理由がなく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 住田金夫 池田辰夫)

当事者目録及び別表 <略>

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